梶原徹也の、お風呂でコーヒーもう一杯!

現ブログ「梶原徹也の、お風呂でコーヒーもう一杯!2012」へ、移転前の eoブログ閉鎖をうけてアーカイヴとして、ここに残しました。♪ ライブやワークショップのお知らせはFBでご覧いただけます。 これからも、どうぞ、宜しくお願いします。2017.1.25 本日晴天なり。

2008年03月

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ビートルズ・アンソロジー
中古&ビデオなので、かなりお買い得でした!!

それから、皆さんにご心配おかけしてるみたいで、どうもすみません。
お気遣い心に染みます、感謝しております。
もう大丈夫、元気になってきました、どうもありがとうございます!!!

梶原徹也

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天気も良かったし、気分も軽かったのでぶらりと〜。
といっても、地元のショップなのでマニアックなものはなく、
買い損ねていたビートルズ・アンソロジーの映像あたりに
狙いを着けて行きました。
結果は・・残念!なかなか、ありそうでないものです。
皆さんは、その頃に出版された
「ビートルズ・レコーディングセッション」という本をご存じでしょうか?
正しく、ロンドンのアビーロード・スタジオで行われた、
ビートルズの全レコーディングの様子を記録した分厚い本です。(写真)
ビートルズ・アンソロジーのCDと映像、そしてこの本。
この3点セットでモンスターバンド・ビートルズのレコーディングの様子が
少しでも垣間見れるという訳です!
しかし、知れば知るほど信じられない・・ビートルズ恐るべし!!!

梶原徹也

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私は、圧倒的にビートルズとポール マッカートニーです。
「イン マイ ライフ」「ストロベリー フィールズ〜」
「ハローグッバイ」「ウィ キャン ウォーク イット アウト」
「ディアー プルーデンス」などなど・・・。
う〜ん、もちろんどれも名曲なんですが、こういうときには
幻想的であったり、郷愁に溢れていたり、不思議な感じというか
どこか別の世界に連れて行ってくれるような曲が聴きたくなるようです。
それから、まったく別ですが、KISS の「ハード ラック ウーマン」は
いついかなるときでも聴いてます!!
写真は、’78年にポールがウィングス名義で発表した
「ロンドン タウン」。
同時期に出したシングル「モル オブ キンタイアー」は
イギリス史上最も売れたシングルとなったそうです。
(残念ながら、このCDには収録されていませんが)
’77年から始まったロンドン パンクが吹き荒れる中
その反動でしょうか、これ以上ないくらいのイギリス的な作品の
大ヒットがポールの手から生み出されました。

梶原

ちょっと元気がなかったのですが、
昨日の告別式で現ちゃんは最後まで生きる望みを捨てず
生きて生きて生き抜いた!ということを聞いて、
何か心の整理がついた感じです。
ブログも明日から、いつもの調子でいきます!!
梶原徹也

本日午前11時より、ご遺族、関係者、
そして多くのファンの皆さんの見守られる中、
上田 現さんの葬儀 告別式が執り行われました。
祭壇は、何千という真っ赤な花で飾られ、その中央に柩が安置されて
更にその上には、屈託のない笑顔で微笑むスーツ姿の現ちゃんの遺影。
喪主は奥様が勤め、会場は大きな悲しみにつつまれながらも
粛々と葬儀は進行していきました。
弔辞では、まず元ちとせさんがご挨拶の後「ワダツミの木」を歌い、
次にレピッシュのメンバー、雪好君、狂市君、タツ君、マグミ君が
最後のお別れを告げると、現ちゃんの代表曲「ハーメルン」を演奏。
そして、その後のほとんどの時間はお焼香に費やされました。
千人はいたのではないかと思われるファンの方々まで全員が
現ちゃんへのお別れを終えると、いよいよ出棺。
もう一度、奥様が最後のお礼とご挨拶をしました。
「現は、『ぼくは夜空に明るく輝くシリウスになって
空からみんなを見守っているからね』と言っておりました、
どうか皆さまも夜空を見上げた時には現のことを
思い出してやって下さい。」
という言葉とともに大勢のお見送りを受けて、
午後2時、現ちゃんは旅立って行きました。

本当に素晴らしいお式だったと思います。
このような場では珍しいと思うのですが、歌や演奏やご挨拶の後
現ちゃんに対する皆さんの想いが一つになって、
何度も自然と拍手がわき起こるシーンがありました。
もちろん、若すぎる死ではありましたが、
本当に素晴らしい人生を生ききったのではないかと思いました。

上田 現さん、
あなたと同じ時代にバンドマンとして過ごせたことを
感謝します、約25年間の思い出とともに。
安らかにお眠り下さい。

梶原徹也


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